か弱さとは無縁。
「飯沢さん、体調はいかがですか?大丈夫そうなら、ゆっくり立ち上がってみましょうか」
よっしゃ、ついにこの時がきたぜ……!
リクライニングベッドで既に身体を起こしていた私は、慎重に布団を剥ぎ取りました。
「最初は立ち上がるのもキツイですから、無理せずゆっくりいきましょうね」
「はい……」
ベッドの上にいる私は、身体の向きを真正面から右横向きに変えました。慎重に慎重を極め過ぎたので、ロボットのようにぎこちない動きだったと思います。そして看護師さんに支えていただきながら、これまたスローモーションのように……
いいえ、秒で立ち上がりました。
「立てましたね!飯沢さん、調子はどうですか?」
「えっと……大丈夫そうです」
「じゃあこのまま歩いてみましょうか。まずは病室のドアを目指しましょう」
「あのドアに辿り着くのに、大体5分くらいかかる方が多いです。無理せずのんびりいきましょうね!」
え……そうなの?5分も……?マジで……?
なんてことない道のりに思えますが、それだけ皆さん手術の影響で体力が落ちているということなんですよね。
難なく立ち上がれたことで余裕を醸し出してしまいましたが、油断は禁物。驕り反省。気を引き締めて靴を履かせてもらい、点滴スタンドをスタンバイさせました。そして心胆を整えた私は恐る恐る一歩踏み出し……
いいえ、秒でドアまで辿り着きました。
「飯沢さん、すごいです!!!次は廊下に出てみましょう!!!!」
……ってだからなんで普通に歩けるの????
今にも走り出せそうなくらい普通に歩けるんだけど……なんで????
自身のありあまる体力に困惑しながら、廊下に出ました。何一つ歩行に支障がないので、点滴スタンドが煩わしいくらいです。
「では、突き当たりまで歩いてみましょう。ゆっくりですよ、ゆっくり」
「はい……あの、」
「どうしました?」
「びっくりするくらい元気に歩けている気がするんですけど、一般的にはどうなんでしょうか……?」
術後、心理的なことや寝不足等では悩まされましたが、肝心の身体的な痛みや苦痛とは一切無縁で過ごしてきました。
唯一の悩ましい点といえば、デリケードゾーンの出血が止まらないことですが、生理だと思えば特別不便がない感じです。
「そうですね。これまで私が担当してきた患者さん達は皆、術後は立つのもやっと、歩くのも一苦労という方がほとんどでした。立ち上がった瞬間に吐き気を催されたり、めまいで倒れてしまう方もいましたね」
なるほど……。
「それでは歩いてみましょう。右足から踏み出してみましょうか」
「はい」
「先ほどとは違い少し距離が長いので、のんびりいきましょう」
とはいえ私は病み上がり。どんなに元気だと言っても手術を受けたのですから、身体はダメージを負っています。体力を過信してはいけません。深呼吸した私はゆっくりと右足を動かし……
……秒ではないですが通常の歩幅で到着しました。
やっぱり廊下の突き当たりまで歩けてしまったので、さすがのこの飯沢も不安になりました。
……己のパワーに。
「飯沢さんは、すごいです。すんなり立ち上がって、すんなり歩いて。私も驚いています。何かスポーツとかされていたんですか?」
「いえ特に……運動はからっきしで……。しいて言うならジョギングくらいで……」
「え?!そうなんですか?!すごいですね、元気いっぱいで安心しました!」
「はは……」
「ではお部屋に戻って、尿管を抜いて着替えをしましょうか」
看護師さんの支えなく病室に戻りました。 そして一度ベッドに座った後その場に立ち、手術着とショーツ型タイプのナプキンを下ろしました。
丸一日ショーツ型タイプのナプキンを履いた状態で過ごしていたので、当然ナプキンは使用済みで血液がついており、蒸れていて、臭気もあります。そんなお見苦しいものを看護師さんに見せてしまい、本当に申し訳なかったです。
「では尿管抜きますね。深呼吸しましょうか」
「ふう……」
「はい終わりました。抜けましたよ」
「え?もうですか?」
尿管を抜く時痛みがあると聞いたことがあるのですが、痛みは何もありませんでした。抜かれた感覚すらもなく、気づいたら抜けていた感じです。
この後は温かいタオルで身体を拭いてから、自前のパジャマに着替えました。
食欲は依然なし。
歩行練習をすることなくすんなり歩けてしまったので、午前中は何もすることがありませんでした。
「たくさん歩いてくださいね」と看護師さんに言われたので院内を散策しましたが、その後は仕事をしたりテレビを観たりして過ごしていました。
そうしているとお昼ご飯の時間に。
朝食は液体のみでしたが、昼食からは固形物が加わりました。
メニューは、七分粥350g、ミートボールのコンソメ煮、鯛みそ、ヤクルト、アップルゼリー。
この時私は、食欲がありませんでした。
朝食の時はお腹が激ぺこり状態でしたが、お味噌汁を飲んだ直後から何故かお腹がパンパンに膨れて張ってしまいました。まるで限界まで食べた時のようにお腹がせり出てしまい、何かを口にしようとはとても思えませんでした。
申し訳ないのですが、昼食は一口も食べられず。
歩くことはできましたが、お腹の膨れが苦しくてしょんぼりでした。